「ウクライナ危機について」――戦争を嫌悪する反戦感情が、停戦への後押しへと向かわず、ロシア憎悪にとってかわられ、さらなる戦争激化を招いてしまう悪循環に、日本を含む欧米のメインストリーム・メディアは、こぞって加担しているのです。(日刊IWJ2022.03.16)
♣ジョン・ミアシャイマー2022・02・15「ウクライナ危機について」危機の責任はNATOにあるhttps://www.youtube.com/watch?v=whu52mTkT-w ジョン・ミアシャイマー教授はシカゴ大学の政治学の特別教授。1982年から教鞭をとられています。1970年に陸軍士官学校を卒業され、将校として米国空軍に5年間士官されました。教授は国際関係理論に関して、非常に影響力を持つ著書を6冊出版され、最近のご著書は「The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities」。2020年ミアシャイマー教授はジェームズ・マディソン賞を受賞されました。これは3年に一度顕著な学術的貢献をされたアメリカの政治学者に贈られるものです。
《以下、教授の話の日本語字幕を書き出しました。(一部省略》》
私はトムから、約20分間ウクライナ危機の全体像を話すよう頼まれました。もちろん私はそれについて書いたり話したりしてきました。2014年以降は大々的に。それ故私はウクライナに関する疑問について答えることができ、光栄です。みなさんが語りたい議題です。
2つのことを行いたいと思います。まず、この危機の起源と歴史についての話。そしてそれが今日において大いに注目される理由についての話です。そしてまとめに、我々はどこに向かうのか、いくつか述べさせてください。
西側における一般的な見方は英国や米国においては確かに真実ですが――つまりプーチンやロシアにこの危機の責任があるというものです。善人と悪人が存在し、そしてもちろん我々が善人でありロシア人が悪人というものです――これは単純に間違っています。米国がその主たるものですが、米国とその同盟国にこそこの危機の責任があるのです。プーチンでもロシアでもありません。何故私はそんな事を言うのか?
西側が2008年以降試みようとしたことを理解することが重要です。2008年は、ウクライナをロシアと国境を接する西側の防壁とするための転換点でした。その方針は3つの側面を持っていました。第一にこれは最も重要なのですが、NATOの拡大。NATOをウクライナを含めた東方へ拡大するという考えです。この戦略の第二の要素はEUの拡大です。別の言葉で言えば、ウクライナを取り込もうとしたのは、NATOの拡大だけでなくEUの拡大でもあったわけです。戦略の三つ目の要素は、カラー革命です。ウクライナの場合は「オレンジ革命」でしたが、それは、ウクライナをイギリスやアメリカのような自由民主主義体制へと変えるためのものでした。単に自由民主主義ではなく、アメリカと同盟を結ぶ自由民主主義です。なぜならそれら三つはまとまった戦略で、ウクライナをロシアと国境に面した西側の防壁とするべく計画されたものだったからです。
前にも申し上げたとおり、この戦略の最も重要な要素は、NATOの拡大です。2008年4月のブカレストでのNATOサミットが計り知れないほど重要だからです。2008年4月のブカレスト会談の終了時点で、NATOはジョージアとウクライナを自らに組み込むことを宣言したのです。かれらはそれを実行すると言いました。ロシアはその時点で許さないと明確にしました。ロシア人は、超えてはいけない一線を示したのです。
御存知の通り2008年の会談以前、NATO拡大には二つの大きな画期がありました。NATO拡大の第一の画期は19990年、ポーランド、ハンガリー、チェコを取り込むものでした。第二の画期は2004年です。ルーマニアやバルト諸国などを取り込んだのです。ロシアはそれらの拡大を受け入れました。それを激しく嫌悪しましたが、二度の拡大を受け入れたのです。
そして2008年NATOは言いました。「今や拡大にはジョージアやウクライナも含まれるだろう。」ロシアはそのとき、超えてはいけない一線を設けたのです。ロシアが「それを許さない」としたことを理解することは重要です。2008年8月、つまり同年4がつのブカレスト会談の数ヶ月後にロシアとジョージアが戦争状態に入ったことは偶然ではありません。ジョージアはウクライナとともにNATOへ加入する予定だったことを思い出してください。ロシア人は言いました。「そんなことは許さない。」そして戦争になりました。2008年8月のことです。
2014年2月22日、ウクライナをめぐり危機が発生しました。それは主にウクライナ国内のクーデターによって引き起こされたものでした。親ロシア派の指導者を転覆させ親米派の指導者を据え置くものでした。米国はそのクーデターに関与しており、ロシア人は激怒しました。何ら不思議はありません。
ロシア人は激怒し、二つのことをしました。第一にウクライナからクリミアを奪いました。何故そんなことをしたのでしょう? お分かりいただけますね? クリミアには「セバストポリ」と呼ばれる重要な海軍基地があります。ロシア人が、セバストポリをNATOの海軍基地にするのを許すわけがありません。そんなことはあり得ません。それがロシア人がクリミアを占領した原理的理由です。
第二のことは、ロシアが2014年2月の危機の直後にウクライナ東部で発生した内戦を利用したことです。ロシア人のしたことは、その内戦を焚き付けて、彼らの同盟者、ウクライナ東部の主にロシア語話者や、多くの場合ロシア人ですが、彼らがウクライナ政府に打ち負かされないようにしたのです。彼らは事実上ウクライナ政府を破綻させています。ロシア人は基本的にこう言います。「我々はウクライナがNATOに組み込まれるのを許す前にそれ(ウクライナ)を破壊する。」
それ故ロシアの反応は――これを理解することは重要なのですが――2014年最初の危機の勃発は、2008年のブカレスト会談にたいする反応なのです。ロシアの反応は二重です。第一にクリミアを占領すること。これは理解すべきですが、クリミアは奪われ二度と戻ることはありません。これが第一。第二に、暗黙のうちにロシア人がこう言ったことです。「我々はウクライナを破壊する。ウクライナをNATOの一員に組み込まれることを許す前に。
今、問いたいことは、「何故ロシア人はそんなことをするのか?」という点です。それは「レアルポリティーク(現実政治)」の基本です。西洋、特にアメリカやイギリスにいる人々は理解しないと思いますが――私はその事自体に度肝を抜かれ理解に苦しみますが――「世界一強大な米国によって運営された軍事同盟がロシアの国境にまで達してもロシア人が気を煩うことはないだろう。」 そんな発想自体が考えられません。米国にいる我々にも「モンロー主義」があります。モンロー主義はこう言います。「遠隔地にある覇権国と西半球にある国家が軍事同盟を構成することは許されない。」 もちろんその軍事力が西半球に入ることは許されません。私はキューバ危機をよく思い出しますが、起きたことは、ソビエトがキューバに核ミサイルを配備したことです。米国はそれを「断固として受け入れることは出来ない。」と言いました。遠隔地の軍事力が西半球に及ぶことは許されないのです。我々はキューバ危機を経て、その結果ミサイルは撤去されました。その後ソビエトは「シエンフエゴス(キューバ中央部南岸にある都市)」に海軍基地を築こうとしましたが、米国は――正確な言葉はわかりませんが――「あなた方のシエンフエゴスにおける海軍基地建設は許されない。」と言いました。それは許されないのです。米国は西半球を自らの裏庭と見做し、そこに遠隔地の大国が入り込むのを防いでいるのです。ロシア人が、ウクライナを自らの国境に接する防壁とする米国によって深くかき乱されるとは考えられませんか? もちろんです!!
そしてロシア人はブカレスト会談の直後、我々に明らかにしました。 きっぱりと明らかにしました。「ウクライナはNATOの一部になってはならない。」と。もちろん米国とその同盟国はそれを聞きませんでした。なぜなら、我々(米国)は善良であり我々米国は穏和な覇権国であると米国では信じられているからです。我々は世界中で、欲することをなんでもできました。
しばらくはそれが許されるように見えました。それは、申し上げたように、ロシアが1999年最初のNATO拡大を受け入れたからであり、そして彼らは二回目の拡大も受け入れたからです。しかしブカレストでの会談の後、ロシアはこう言いました。「もうこれ以上は許されない」
そして大きな危機が起きました。2014年の2月にそれは起きました。その危機はかなり抑えられてきました。 しかし昨年2021年の秋、その危機は強まり始めます。私はもちろん今年(2022年)初頭についても話しています。それは本格的な危機と化したのです。ここでの疑問は「今になって何が起きたのか?」ということです。「何故この危機が突如として再び注目されたのか?」 その答えは米国とその同盟国がウクライナを「事実上」NATOに組み入れたことです。
今日多くのレトリックを耳にすると思います。
「ロシア人に恐れるものはない。なぜなら今日において誰もウクライナをNATOの一部にするとは言っていないから」
それは本当でしょう。しかし我々(米国)が実際に行っていることを見れば、それは事実とは異なります。トランプ政権からバイデン政権に至るまで、我々(米国)はウクライナを武装化しているのです。我々はオバマ政権の時にはそれをしていませんでした。2014年2月に危機が発生した時点やその後数年間、オバマ政権が権力の地位を占めていたときは我々はウクライナ人の武装化を拒否していたのです。 なぜなら我々はそれがロシア人を怒らせ怖がらせると知っていたから。 ロシア人の視点を理解しましょう。 ウクライナがNATOの一員になることは、(ロシアにとって)自らの存続に関わる脅威に等しいからです。ロシアは西側に極めて明確なメッセージを送っています。「我々はこの驚異を極めて深刻に受け止めている。この驚異を取り除くために必要なら軍事力を使う用意もある。」ロシア人は大真面目なのです。それ故に2021年に起こったことは――それはもちろんトランプ政権から始まっていたことですが――それは我々がウクライナを武装化していたことです。ウクライナの武装化について話し出すときは、それはウクライナの軍事力であり、ウクライナ東部のロシアの同盟者と戦いうるものなのです。ロシア人を極めて怯えさせたことの一つにトルコがウクライナにドローンを提供したことがあります。ドローンは戦場で極めて効果的な兵器になっています。アゼルバイジャン人の視点からも(ナゴルノ=カラバフ戦争 2020年)それは昨年のアルメニア人に対して証明されました。アゼルバイジャン人はトルコ製ドローンを使っていたのです。トルコ人がドローンを、アメリカ人やイギリス人が別のありとあらゆる兵器をウクライナ人に供与しているのです。もちろん我々はそれらの武器を「防御用兵器」と定義するでしょうが、理論家のより洗練された視点を以ってすればお分かり頂けるように「防御用兵器」と「攻撃用兵器」に意味のある違いはありません。「安全保障のジレンマ」というやつです。我々にとって防御的なものが、相手にとっては攻撃的なものに映るのです。ウクライナ人にドローンを提供しても、ロシア人はそれを「防御的兵器」とみなすでしょうか? 私はそうは思いません。 イギリス人やアメリカ人がしたようにウクライナ人の訓練を始めても、ロシア人はそれを脅威と感じないとお考えになりますか?
私はこれを保証できます。「彼らはそれを脅威とみなす」と。ここで何が起こっているのでしょうか? 我々はウクライナ人を武装し訓練し、我々がウクライナ人と外交上如何に向き合っているのかを見れば、我々は基本的にウクライナを同盟国かパートナーであるかのように議論しています。 それは我々がウクライナについて議論する際に使うレトリックの一種です。 外交的かつ軍事的に、特に米国とウクライナの紐帯は引き締められているように見えます。 同時に我々はウクライナの外で、いくつもの挑発的行動を行っています。 それはロシアを極めて刺激しています。 昨年の夏、イギリスは愚かにも、駆逐艦を黒海におけるロシアの領海で航行させました。 2021年6月のことです。 アメリカは爆撃機を正に黒海におけるロシア側の海岸線に沿って飛行させたのです。 それはロシアを本当に嫌がらせました。 驚くまでもありません。 ここで見えてくることは、ロシア人はNATOが東に拡大していると強く実感していることであり、NATOが正にロシアの国境にまで拡大しようとしていることです。 主にウクライナがこの同盟(NATO)の「実質的」な一員となっているからです。 そして挑発的な政策として、イギリスの駆逐艦やアメリカの爆撃機があります。 ロシアの外相、セルゲイ・ラブロフは「沸点に達した」と言いました。 彼らは沸点に達したのです。 彼らは最早交渉に感心を持たないでしょう。 彼らの欲することは現状変更です。 その結果、大規模な軍事増強が行われ、危機の前から破綻していたウクライナの経済に打撃を与えることになりました。 それ故ウクライナの状況はより悪化しています。 ロシアは西側に明確なシグナルを送っていたのです。「もし彼ら(西側)が賭け金を上げるなら我々(ロシア)も賭け金を上げるぞ。」 そして、「ウクライナはNATOの一部になることは許されない。」と。
それが今日の我々が直面していることです。 この危機は、2008年4月にまで遡れますが、ウクライナをNATOの一部にするという決定、それこそが「起源」なのです。 そして、2014年2月22日に危機が起きました。 その危機は時を経るにつれ幾分改善され注目度は落ちたと言われていますが、しかし突如それが起きたのです。 現在この危機を沈静化できる何か 希望はあるのでしょうか? 私は考え得る最善の解決法を申し上げます。 それは明白な解決法です。 それは今現在政治的に受け入れられないでしょうが、明白な解決法はウクライナを中立的な国家にすることです。 おおよそロシアとNATOの間の緩衝地帯のような…それは、2014年2月までは効果的なものでした。 ウクライナは1991年12月のソビエト崩壊の際に独立しました。 1991年12月から大まかに言って2014年の初めまではウクライナを巡る本当の問題は存在しなかったのです。 米国とその同盟国はウクライナを巡りロシア人と戦ってはいませんでした。 確かに2008年のブカレスト会談では論戦はありましたが危機は存在しませんでした。 何故ならウクライナは2008年から2014年にかけては、失礼、2013年まではウクライナは一貫して効果的な中立国であり緩衝地帯だったのです。 その状況を変えてしまったのはNATOです。 我々(米国)はロシア人を悪者にするためにレトリックを変えたことにお気づきになると思います。 こんな話が聞かれます。「ロシアは第二のソビエト連邦の再興を決心している。」「ロシアは『偉大なロシア』の再興を望んでいてロシア人は悪者だ。」と。 これは2014年2月22日以降に作り出された物語です。2014年2月22日以前にそんな議論をした者はいません。 2014年2月22日以前に「ロシアを封じ込めるためにNATOを拡大しなければならない」と議論をしたものは誰もいません。 2014年2月22日に起こったことは、我々によって生み出されたウクライナをNATOに組み入れるための馬鹿げた戦略そのものです。 その政策自体の欠如のせいでそれが台無しになった時、我々はその失敗を認めるつもりはありませんでした。 むしろロシアのせいにしたのです。 我々はこう言いました。 「ロシアは東欧の支配を目論んでいる」と。 もちろん今日でも同じ議論をおききするでしょう。 「ロシアは悪者で、プーチンはとても危険で、我々は彼と交渉することは出来ない。」 それは「ミュンヘン会談」に等しく、別の言葉で言えば「プーチンは第二のアドルフ・ヒットラーである」と。
「ウクライナを巡り取引することは、1938年10月のチェコスロバキアを巡る取引と等しい。」
それは純粋でおめでたく、ナンセンスです。 2014年2月22日以前はロシアの脅威などなかったのですから。 ありませんでした。 我々が話をでっち上げたのです。
だが、いずれにせよ理想的な状況はこうでしょう。 つまり中立的なウクライナの創出です。それは91年から2014年まで存在していたウクライナです。 ですが、それは最早できそうもありません。 何故ならアメリカ人はNATOの拡大に関していかなる譲歩も行うつもりがないのですから。 さらにまた、ウクライナの中立化のための試みですが、キエフのウクライナ政府にとってもドンバス地区のロシア語話者とのある種の暫定協定に達することが重要です。 これが有名な「ミンスク合意」です。 キエフの政府は「ミンスク合意」を実行する義務があります。 この問題が解決される前に、ドンバス地区とウクライナ西部の住民との内戦は沈静化されなければなりません。 しかし現在ウクライナ政府内の政治はそれを不可能にしています。 再び申し上げるように、現在のバイデン大統領がNATOの拡大を断念する様を想像することは不可能です。 それ故、その結末は延々と続くこの危機なのです。 それが私の私見の中の悲しい現実です。
※ウクライナ・オン・ファイヤー 日本語字幕(字幕改正版)必聴⇨
https://www.youtube.com/watch?v=4U_IzVh_KDs 又は
※『乗っ取られたウクライナ』日本語字幕」必聴⇨
https://www.bitchute.com/video/UcQqpVijGBWx/ 又は
https://rumble.com/vxurg7-revealing-ukraine-2019.html 又は
※オリバー・ストーン オン プーチン17.03.2022掲載、日本語字幕
エピソード1 https://www.youtube.com/watch?v=kbAeXNezYFc
エピソード2 https://www.youtube.com/watch?v=W1Qab7F4RMs
エピソード3 https://www.youtube.com/watch?v=6UgxEYgh770
エピソード4 https://www.youtube.com/watch?v=gsWyaY8FlKk