「文明の衝突とロシア国家哲学」プーチンが尊敬する4人の哲学者
【日刊IWJ 2022.08.23】より抜粋
■ロシアで最も有名な言論人の一人で、「プーチンの知恵袋」ともいわれる、新スラブ主義の、ネオ・ユーラシア主義のアレクサンドル・ドゥーギン氏の娘が運転していた車が、仕掛けられていた爆発物による爆発で落命! ドゥーギン氏本人を狙ったテロという説も! ただし、ワシントン在住の国際政治アナリスト・伊藤貫氏は、ドゥーギン氏がプーチン大統領に大きな影響を与えていたとは考えにくいと述べていた! ロシア国内の世論に影響を与える可能性も!
(…) 『BBC』(21日)は、ポドリヤク大統領顧問が、「もちろんウクライナは何の関係もないと強調する」とコメント。「なぜなら私たちは犯罪国家ではないからだ。犯罪国家はロシア連邦の方だ。ましてや我々はテロ国家ではない」と、関与を否定していると報じました。
ダリア氏はジャーナリストで、たびたびドンバスを訪れ、アゾフスタルを含むマリウポリから、現場の状況をレポートしていました。6月、ダリア氏は、ウクライナ紛争に関する「偽情報を広めた」として、英国の制裁リストに載った、と『RIA』は報じています。
アレクサンドル・ドゥーギン氏は、『Foundations of Geopolitics(地政学の基礎)』(1997年)を出版し、「新ユーラシア主義」を提唱しました。「ロシアが支配する全体主義のユーラシア帝国を建設するという考え」を示し、ロシアの政治家に大きな影響を与えたと評されています。 実際、ドゥーギン氏は、2002年に「ロシアの愛国者と国家主義者の地政学的政党」である「ユーラシア党」を結成しています。
主に西側メディアでは、プーチン大統領は旧ソ連の領土を回復したいと考える大ロシア主義者であり、新ユーラシア主義を唱えるドゥーギン氏はプーチン大統領の盟友で「プーチンの頭脳」、「現代のラスプーチン」であるなどと評されています。
しかし、ワシントン在住の国際政治アナリスト、伊藤貫氏は一般的な西側メディアとは違う見方を示しています。伊藤氏は、ドゥーギン氏を「現在のロシアで一番影響力があるというふうに言われてる言論人」だと紹介し、「哲学者であり、軍事学者であり、国際政治学者であり、政治思想家であるという非常に変わった、かなりエキセントリックな人」だと、6月25日に公開されたYouTube番組で、述べています。
※【伊藤貫の真剣な雑談】第7回「文明の衝突とロシア国家哲学」[桜R4/6/25](YouTube、2022年6月25日)
必聴➡https://www.youtube.com/watch?v=vd1jg5gcE3s
伊藤氏によると、ドゥーギン氏は、「米国は一極的な世界支配に失敗し、今後、サミュエル・ハンティントンが主張したような『文明の衝突』の時代、文明の質の違いを原因として各国が争いあう時代が来る」と主張しています。ウクライナ紛争についても、ドゥーギン氏は、「グローバリズム=アメリカニズム、世界文明がアメリカ化していくという可能性はなくなった、それがはっきりするはずだ」と主張している、と伊藤氏はまとめています。
伊藤氏は、プーチン大統領は、冷静で理性的な人間であり、サンクトペテルブルグ大学法学部の教授を志したこともある学者肌の人間だと評価しています。伊藤氏は、プーチン氏を「フィロソフィー、パラダイム、ポリシー」という3つの次元を分けて考える能力があり、ソ連解体によってガタガタになったロシアを立て直すために3つの次元で考えている稀有な政治家だと述べています。
伊藤氏によると、プーチン大統領が特に重視している哲学者・政治思想家が3人います。
1人目はウラディミール・ソロヴィヨフ(1853-1900)で、伊藤氏によると、キリスト教の道徳観(ソロヴィヨフはロシア正教会とキリスト教の統一を目指した)と、プラトンとカントに影響を受けた哲学者です。伊藤氏は、プーチン氏が自分の演説の中でソロヴィヨフを繰り返し引用し、ロシアの国会議員らに「ソロヴィヨフの著作を読むように命令を出した」と述べています。
2人目はニコライ・ベルジャーエフ(1874-1948)で、伊藤氏によると、ヨーロッパの哲学とロシア正教の神学、ドストエフスキーに強く影響を受けた哲学者です。『ウィキペディア』によると、もともとはマルキストであったが、ロシア革命を経て転向し、反共産主義者になったとされています。
3人目は、イワン・イリイン(1883-1954)で、伊藤氏によると、「政治的な保守主義、ロシアのナショナリズムとヘーゲル哲学をミックスした」哲学者です。
伊藤氏は、プーチン大統領は、「ロシアの国会議員と知事にこの彼らの著作を勉強することを義務とした」と指摘しています。
伊藤氏は3人とも「ヨーロッパの哲学に深い理解力を持ち、しかもキリスト教文明を非常に大切にしてる」哲学者であり、「安っぽい政治イデオロギーを叫び立てるような評論家タイプではなく、もちろんデマゴーグではなく、非常に深い学問のある」哲学者だと述べています。そして、プーチン大統領はそういう哲学者を「ロシア国民の知的な指導者として、ロシア国民がものを考える、ロシア文明をどういうふうに形作っていくかと(という指針にした)」と指摘しています。
伊藤氏は、プーチン大統領が個人的にも親しく付き合った人物として、作家のソルジェニーツィンの名前をあげています。先の3人にソルジェニーツィンを加えた4人の作家・哲学者は、西欧文明に対して批判的で、西欧の政治や経済のシステムをそのままロシアに持ちこむことには反対だが、同時に決して狭量な民族主義者ではなかったと、伊藤氏は述べています。
「4人ともロシアの単純な民族主義者、いわゆる汎スラブ主義者、要するに『スラブ文明なんだから、スラブ文明のやり方でやればいいんだ』というような単純なスラブ文明至上主義者ともこの4人は対立してるんですね。 プーチンのことを、日本なり欧米のマスコミは『ファシストで、ナショナリストで、血迷った民族主義者だ』というふうに解説するでしょう。ところが、プーチンが尊敬している思想家とか学者っていうのは、そういうロシアの偏狭な、すごく単純な民族主義者とはまったく違う考えなんですよ」。
伊藤氏は、ソルジェニーツィンが旧ソ連の(ウクライナとベラルーシを除く)共和国を独立させればいいという考え方を、プーチン氏も受け入れていたのだから、プーチン氏はロシアの保守派の中では「かなり穏健なほう」なのだと指摘しています。
伊藤氏は、プーチン氏が尊敬する4人の哲学者・作家に比べると、ドゥーギン氏は格が落ち、プーチン大統領が操られているとは考えにくい、と主張しています。
『プーチンの知恵袋』とかそれから『プーチンに一番影響を与えているのはアレクサンドル・ドゥーギンである』というふうに欧米のマスコミは言うんですけども。 それは、プーチンを『ファナティックなファシスト』だと批判するために、『現代のラスプーチン』と呼ばれているアレクサンドル・ドゥーギンに(プーチン大統領が)操られているのだ、と欧米のマスコミは言いたがるんですね。
僕はこのアレクサンドルさんっていう人は、先程名前を言いました4人の思想家もしくは哲学者に比べると、ちょっとレベルが落ちるんではないかと。プーチンがどこまでアレクサンドル・ドゥーギンの言ってることを本気にしてるのかどうかは、もう怪しいと思うんです」。
上記の『RIA』(21日)によると、ドゥーギン氏自身も、2010年代から、欧米メディアが彼を「プーチンの主要なイデオローグ」、「ロシア世界のアイデアの立案者」と呼ばれることを、繰り返し、否定していました。
伊藤氏は、ウクライナ紛争に関してもかなり極端な発言の目立つドゥーギン氏に、すごく慎重なプーチン大統領がどこまで賛成するかは疑問だとする一方で、米国がロシアを追い詰めて戦争を始めさせたために、逆にドゥーギン氏の人気がロシア国内ではますます高くなっている、と懸念を表わしています。
今回のテロ事件に、ウクライナが関与しているかどうか、あるいはロシア国内の反ドゥーギン派が関与しているのか、何もまだわかりませんが、ドゥーギン氏の娘が爆殺された事件による反響は、ロシア国内の世論に何らかの影響を与える可能性は否めません。