ナクバ(大災厄)から73年 ―パレスチナで起こっているのは「紛争」ではなく「民族浄化」である。「民族浄化」とは複数の民族が混住する特定の地域や領域を一つの民族で均質にするために力ずくで先住民を追放すること―
♣以下、《日刊IWJ 2021.05.31https://iwj.co.jp/info/whatsnew/date/2021/05/31》参考
5月14日はイスラエルの建国記念日、そして5月15日は、パレスチナ人がイスラエル建国によって土地を奪われ、故郷を追われた「ナクバ(大災厄)」の日です。
パレスチナで起こっているのは『紛争』ではなく、『民族浄化』である
「ナクバ」以来、73年にわたり、イスラエルによる侵略と民族浄化が行われ、それに対して抵抗する人々は「テロリスト」呼ばわりされてきました。入植者側のイスラエルが、パレスチナを歴史から消し去ろうとしている事実を、徹底的に暴いて世の中にさらけ出したのが、英エクセター大学教授のイラン・パペ氏です。イスラエル人でありながらイスラエルの犯した「罪」を直視するパペ氏は、著作「パレスチナの民族浄化~イスラエル建国の暴力」(http://amzn.to/2GcoUGQ)の中で、シオニスト達によるパレスチナ人への、目を背けたくなるような残虐な行いを、詳細な記録にもとづき、描き出しています。
パペ氏によると、シオニスト達は、20世紀初頭から、パレスチナの地を占領して、先住民であるパレスチナ人を制圧し、除去すべきだと考えていたというのです。第二次世界大戦中からシオニスト指導部はこの建国計画を実行に移していきます。何世紀にもわたってパレスチナの地に住んできたパレスチナのアラブ人たちは、「除去すべき」対象としてシオニストの兵士たちによって残酷に殺されていきます。
一例:「(パレスチナの)デイル・アイユーブの住民500人は、村人たちでお金を出し合って建てた新しい学校の開校を祝っていた。すでに51人の生徒の入学も決まり、教師の給与も村人たちでまかなうことになっていた。この村に、シオニストの兵士20人が夜の10時に入り、数軒の家に無作為に火を放った。その年の4月に住民が力ずくで立ち退かされるまで、アイユーブ村は3度攻撃され、完全に破壊された」
最初はパレスチナ人を攻撃する口実を見つけ、「報復」として攻撃していたシオニスト側は、徐々にアラブ民族のイスラエルからの全面追放を求めるようになります。「D(ヘブライ語でダレット)計画」のもと、組織的な「民族浄化」が行われていくのです。デイル・アイユーブ村のような悲劇は、その後、パレスチナ全土で繰り返されていきました。
パレスチナの悲劇は、第一次世界大戦中のイギリスによる、無責任で身勝手な「三枚舌外交」に始まりました。ユダヤ人、アラブ人、フランスとの間で、一つのパレスチナをめぐり、それぞれに相矛盾する領土の分割を約束していたのです。
自分たちの住んでいる土地を、シオニストという「植民地主義者たち」に明け渡そうとしているイギリスに対し、パレスチナ側は1929年と1936年の2回にわたり、暴動を起こしました。イギリスはこの暴動を鎮圧するために、パレスチナ人の指導層や民兵部隊に大打撃を与えました。パレスチナの地を力づくで奪おうとしているシオニストにとって、これは思わぬチャンスになります。
一方で、シオニストの指導者らに、軍事力強化の重要性を教え込んだのもまた、イギリスでした。英軍将校のオーデ・ウィンゲートの指導のもと、シオニストの民兵組織「ハガナー」は、武器の使い方を学び、実戦経験を積み、来るべきパレスチナへの「攻撃」に向け、力を蓄えていったのです。
どう見ても違法なイスラエルの行為に拍車をかけたのは、あろうことか、国連でした。1947年11月29日に国連で決定された総会決議181は、パレスチナの土地の56%をユダヤ人に、42%をパレスチナ人に「分割」して与えることを決めました。ユダヤ人が当時、パレスチナ全土の6%以下の土地しか所有せず、人口のわずか3分の1しかいなかったことを考えると、いかに不公平な配分だったかがよくわかるのではないでしょうか。この国連の分割決議以前から、イスラエルには明確な領土の獲得目標がありました。それは、「3000年前に、そこにユダヤ人の国家があったという神話がウチの宗教の『聖書』に書いてあるので」という理由で、「国土を半分よこせ」という乱暴な話でした。そして、イスラエル人口の3分の1しかいないユダヤ人は、パレスチナから肥沃な土地のほとんどを奪い、軍事力で国境を決めていったのです。
こうしたショッキングな事実を、一つ一つ暴いたパペ氏の『パレスチナの民族浄化』を共翻訳したのが、東京経済大学の早尾貴紀准教授(収録当時、現在は教授)です。ヘブライ大学客員研究員、ハイファ大学客員研究員としての経歴もお持ちの早尾氏は、パレスチナで見られる光景を、IWJのインタビュー(*文末1~4)の中で次のように述べています。(要約)
――中東にはアラブ語をしゃべるユダヤ教徒が、イスラエル建国以前はたくさんいた。つまりシオニズムはユダヤ教の問題ではないということ。イスラエル建国時の暴力を無視して、パレスチナ問題を「ユダヤ教対イスラム教」の「紛争」のようにとらえる見方は事実を正しく捉えていない。約2000年前にローマ帝国に滅ぼされ、「ディアスポラ(離散)」したと言われるユダヤ人だが、国を失ったユダヤ王国の民の中には、実際に別の場所へ行った人もいたが、大半はその場所で新しい文化・宗教を受け入れていった。「世界中に散り散りになってしまったユダヤ人」という物語はその事実の一面にすぎない。そうではなくて、現在「パレスチナ人」と言われる人も、現在「ユダヤ人」と言われる人も、同じ先祖を共有していて、遺伝的つながりがある可能性が非常に高いのだということの方に注目すべきだ。
例えば、旧約聖書に出てくる「アブラハムのお墓」は、今は「イブラヒーム・モスク」としてヨルダン川西岸地区にあるが、そこでは、ユダヤ人とパレスチナ人が接しないよう鉄格子が設けられているとしても、ユダヤ人もパレスチナ人も同じ棺を拝んでいる。このことの方にもっと注目してほしい。
こうした事実を見れば、パレスチナ問題が「宗教や人種の対立の問題」などではなく、世俗的なシオニストによる「植民地主義的な暴力の問題」であることが、よくおわかりいただけると思う。――
*1)パレスチナ問題の原点であるイスラエルによる「民族浄化」の真実を暴く!https://iwj.co.jp/wj/open/archives/410412 動画 4分57秒
*2)イスラエルの暴力的建国は公文書によって裏づけられた!ガザ弾圧の起源! https://iwj.co.jp/wj/open/archives/418096 動画 6分29秒
*3)『大災厄(ナクバ)』の日70年を目前に米大使館がエルサレムに移転!ガザでは今日もイスラエルが非武装の市民を殺戮している!https://iwj.co.jp/wj/open/archives/421128 動画 13分18秒
*4)民族浄化を開始したのは第一次中東戦争よりも前!1947年末の国連による「分割決議」直後から!https://iwj.co.jp/wj/open/archives/423580 動画 11分22秒